名古屋城で憧れの戦国武将に会える?!「名古屋おもてなし武将隊」

「戦国三英傑」と称される、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康。戦国時代に天下統一を目指した3人の武将です。
この3人の武将には、愛知県出身という共通点があることはご存知でしょうか。

名古屋にゆかりのある戦国武将が現代に蘇ったかのように、「名古屋おもてなし武将隊」が名古屋城を中心に活動しています。

名古屋城観光をしながら、憧れの武将に会えるここだけの体験を楽しみましょう。

この記事では、名古屋城の歴史も混ぜながら、名古屋にゆかりのある武将と、その後の歴史を支えた尾張徳川家の当主を分かりやすく解説しています。あわせて、武将たちに実際に会える「名古屋おもてなし武将隊」の情報もご紹介します。

目次

名古屋城ができるまでの歴史と活躍した武将たち

(引用元:特別史跡名古屋城

名古屋城築城以前の歴史

現在の名古屋地方を統治した領主は、1500年代以降の100年で領主とともに中心地も那古野城、清須城、そして名古屋城へと移り変わっていきました。

1610年には、清須の町を名古屋に移す「清須越」が進められました。これにより寺社や町人、職人、商屋など、約6万もの人が名古屋へ移ります。

年号主な出来事
1521~1528年今川氏が那古野城を築く
1538年織田信長の父・信秀が那古野城を奪う
1539年頃織田信秀は古渡城へ移り、信長に那古野城を譲る
1555年織田信長が那古野城から清須城に居住を移す
~1600年城主は豊臣政権を経て、福島正則が清須城主となる
1600年
関ヶ原の戦い
徳川家康の四男・松平忠吉に尾張の領地が与えられ、忠吉が清須城主となる
1607年忠吉死去のため、徳川家康の九男・義直が清須城主となる
1610年徳川家康の天下普請として名古屋城築城が始まる
清須越が進められる

名古屋城の歴史はこちらの記事でも分かりやすく解説しています。

参考
特別史跡名古屋城
名古屋城跡資料
清須市観光協会

戦国時代に活躍した武将

(引用元:名古屋おもてなし武将隊

織田信長

生まれは、現在の愛知県稲沢市にあった勝幡城です。2歳になる頃には、父・信秀から那古野城を与えられ、長い歳月を那古野城で過ごしました。天下統一まであと少しでしたが、家臣に裏切られ本能寺で自刀しました。

豊臣秀吉

出生地は現在の名古屋市中村区です。織田信長公に仕え、天下統一をしました。関白・太政大臣を務め、政治に長けていました。

徳川家康

生まれは、現在の愛知県岡崎市にある岡崎城です。織田氏・今川氏の人質を経て、織田信長と天下を目指す同盟を結びました。名古屋城の築城を命じ、現在の名古屋の礎を築きました。

加藤清正

出生地は豊臣秀吉と同じ、現在の名古屋市中村区です。名古屋城の築城に貢献し、築城の名手とも呼ばれました

前田利家

出生地は現在の名古屋市中川区です。織田信長に仕え、槍の名手として武功が認められました。能登・加賀・越前を治め、江戸時代に繁栄した加賀藩の礎を築きます。

前田慶次

出生地は現在の名古屋市中川区です。養子として前田家に迎えられ、前田利家に仕えました。ですが、主君と衝突することも多く、前田家を去り、悠々と放浪したと言われています。

名古屋城築城以降の歴史と活躍した尾張徳川家

名古屋城築城以降の歴史

1600年代以降は、名古屋の地は徳川家が治めることとなります。1608年に徳川義直が藩主となり、その後約260年間にわたる尾張徳川家の歴史が始まりました。

年号主な出来事
1608年2代将軍・秀忠が徳川義直に領地を与える
1610年名古屋城の築城を始める
1612年天守の完成
本丸御殿の工事を始める
1615年本丸御殿の完成
1713年四代吉通・五代五郎太が相次いで死去し、家督継承の混乱が生じる(その後は四代吉通の弟・継友が六代藩主を継ぐ)
1867年大政奉還

この時代に活躍した尾張徳川家の藩主

尾張徳川系図
(引用元:特別史跡名古屋城

名古屋城は、徳川家康が築いた後、直系が途絶えながらも260年にわたり尾張徳川家が守り続けてきました。名古屋の地を発展させた藩主も多くいます。

徳川宗春公 I 七代藩主

徳川宗春は1730年に七代藩主となりました。この時代は、八代将軍・吉宗の「享保の改革」により質素倹約が求められた時代でした。
一方で宗春公は倹約政策に対し規制を緩和する政策を行い、名古屋城下に芝居小屋や遊郭、商店を開き、名古屋を繁華街に発展させました。
多くの芸者が名古屋に集ったことから、芸能や文化が栄え「芸どころ名古屋」と呼ばれるようになります。

徳川慶勝公 I 十四代藩主

徳川慶勝は、趣味で写真を撮り、その中には名古屋城を収めた写真も多く存在します。これらの写真は名古屋城復元のための重要な記録となりました。
幕末の政治にも関わりながら、廃藩置県後は、旧尾張藩士に資金を援助したり、名古屋に就業先となり工場を開設し、仕事を与えました。

尾張徳川家にまつわるエピソードは、名古屋城公式Instagram(@nagoya_castle_japan)でも紹介しています。

尾張徳川家統治以降の名古屋城の歴史

大政奉還や明治政府の成立を経て、廃藩置県後には日本陸軍省の管轄となります。1893年からは名古屋離宮と呼ばれ、皇族の宿泊所として利用されました。

一度は、空襲により天守や本丸御殿が焼失しましたが、現在は復元されています

年号主な出来事
1871年廃藩置県により、名古屋県(後に愛知県へ統合)となる
1872年名古屋城は陸軍省の所管になる
1893年名古屋城は陸軍省から宮内省に移管され、名古屋離宮として皇族の宿泊施設となる
1930年名古屋城は宮内省から名古屋市へ下賜される
天守などが国宝(旧国宝)に指定される
1931年名古屋城の一般公開が始まる
1945年空襲により名古屋城焼失
1957年名古屋城天守の再建工事が始まる
1959年天守再建(鉄骨鉄筋コンクリート造)

現代に蘇った「名古屋おもてなし武将隊」

名古屋おもてなし武将隊 織田信長
(引用元:名古屋おもてなし武将隊

多くの著名な武将を輩出した戦国時代の尾張の国。

名古屋おもてなし武将隊は、そんな名古屋の歴史の語り手として活躍しています。
ぜひ、憧れの武将に会いに行ってみませんか。

贅沢!武将とまわる名古屋城ツアー

ツアーに参加すると、武将から歴史の話を聞きながら名古屋城を案内してもらうことができます。武将ファンには、忘れられない時間になるはずです。
登場する武将は日替りですが、公式サイト(名古屋おもてなし武将隊)のスケジュールから確認することができます。

<開催日時>
月曜・水曜・金曜・土曜の10時~約40分間

<費用>
大人(高校生以上):1100円(税込)
子供(小・中学生)550円(税込)
別途、名古屋城観覧料が必要です。

<申込方法>
正門横の売店にて当日の9時~チケットの販売を行います。事前予約はありません。

おもてなし演武

戦国武将たちのドラマを伝える芝居あり、ダンスありのパフォーマンスを武将隊が名古屋城の二之丸広場で行います。

<開催日時>
土曜・日曜・祝日の11時~、14時半~

<費用>
観覧無料
別途、名古屋城観覧料が必要です

また、おもてなし演武のない平日も、武将隊が名古屋城であなたをおもてなしします。タイミングが良ければゆっくり記念撮影をすることが可能です。どの戦国武将に会えるかは、公式サイト(名古屋おもてなし武将隊)のスケジュールから確認することができます。

名古屋城に武将に会いに行こう!

名古屋城の歴史をたどれば、徳川家康だけでなく、織田信長や豊臣秀吉など名だたる武将たちの存在も浮かび上がります。そして、今の名古屋を築いた尾張徳川家の存在も忘れてはいけません。

これまでの歴史を、400年の時を経て私たちに伝えてくれるのが「名古屋おもてなし武将隊」です。

名古屋城を訪れれば、武将たちによる案内や演武を通して、名古屋の歴史をより深く知ることができるでしょう。観光とあわせて、武将に会う体験を楽しみ、名古屋城の魅力をより深く味わってみてください。

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