名古屋めしを象徴する存在、「矢場とん」。創業から78年以上、地元名古屋で深く愛され続けてきた老舗のみそかつ専門店だ。名物のみそかつは、東海地方で親しまれる豆みそをベースにした「秘伝のみそだれ」と、厳選された豚肉が織りなす絶妙な調和が魅力。地元客はもちろん、多くの観光客をも惹きつけている。
そして2023年、「矢場とん」は大手電力会社での豊かな経営経験を持つ奥村与幸氏を社長に迎え、大きな変革期を迎えた。近年は東京・大阪エリア店舗の強化や通販事業の展開など、その勢いは全国へと波及。名古屋の食文化を牽引する存在としての役割も、ますます大きくなっている。
今回は奥村社長に、矢場とんの不変の魅力と、これからの展望について話を伺った。
名古屋のみそかつ「矢場とん」のはじまり

<矢場とんのルーツ>
矢場とんの歴史は、戦後間もない昭和20年代初頭、名古屋の雑踏にあった一軒の屋台での出来事から始まった。
始まりは、ある客の何気ない行動だった。一人の客が、つまみで食べていた串かつを「どて鍋」のたれに浸して食べたところ、「美味い」と声を上げた。たまたまそこに居合わせ、試しに自分も食してその美味しさに驚いた客こそが、後に「矢場とん」の初代店主となる鈴木義夫氏だった。これをきっかけに鈴木氏はこの味の商品化を思い立ち、試行錯誤を重ねて独自の「秘伝のみそだれ」を完成させていった。
昭和22年(1947年)、「地域の人にお腹いっぱい食べてほしい」という切なる想いを胸に、南大津通四丁目電停前に「矢場のとんかつ」を創業。これが、今や全国に知られる「矢場とん」の第一歩となったのだ。
「実は矢場とんは、78年に及ぶ歴史のうち、約50年間はたった一店舗でのれんを守り続けてきました。それがこの10年ほどで急成長を遂げ、現在では愛知、特に名古屋市内を中心にしながら、東京や大阪など30店舗を超えるまでに拡大しています」
と、奥村社長は語る。
そして矢場とんは現在、100年企業という次なる高みを目指している。
矢場とんの受け継がれる味と想い

矢場とんの味づくりは、徹底したこだわりに支えられている。その根幹にあるのが、「調和」という考え方だ。あえて主張しすぎないこと。それこそが、おいしさにつながっている。肉が強すぎても、みそだれが前に出すぎても、油が主張しすぎてもいけない。どれか一つが勝ってしまえば、それはもう矢場とんの味ではなくなる。
すべてが調和して、はじめて完成する味。その先にこそ、何度でも食べたくなる「矢場とんの味」がある。
「油の温度や衣の配合といった、言葉にしきれないほどの微差にまで心を配り、理想の味を追い求め続ける。そうした社員一人ひとりの職人としての姿勢が、長年にわたって矢場とんのおいしさを支えています。」
そう語る奥村社長の言葉からは、守り続けてきた味への誇りがにじむ。
伝統と革新。奥村社長が切り拓く、新たな矢場とんのかたち

矢場とんは長年家族が跡を継ぎ、そののれんを守ってきた。しかし、店舗数や従業員数が増え、会社としての規模が大きくなるにつれ、ルールや仕組みを整える必要が出てきたという。
そこで、経営のプロである奥村社長が矢場とんに加わった。
奥村社長は、長く大手電力会社に勤め、グループ会社の代表取締役を務めてきた経歴の持ち主だ。経営の最前線に立ち続けてきた経験をいかし、それまで家族経営で歩んできた老舗に、新たな風を吹き込んでいる。
実は、奥村社長は矢場とんの社長に就任する前には、前述したグループ会社の代表取締役を務めながら大学院に通っていた。電力会社での役割を終えようとしたタイミングで、自身の人生を振り返る時間を持ったのだという。
「仕事にも人にも恵まれ、職業人生としては十分にやり切ったと思いはありました。その一方で、経営の現場で蓄積してきた経験を、学術や研究の知見と結びつけることで、社会に対してより本質的な貢献ができるのではないか、と考えるようになったのです」
高校・大学・社会人と長くラガーマンとしてフィールドに立ち、常に全力を尽くしてきた。そうした自分だからこそ、次は経営者として培った経験を生かしながら、学問の世界に身を置き、新たな挑戦に踏み出す道を選んだのだと奥村社長は振り返る。
「本来であれば、そのまま研究の道を進む人生もありました。そんな時、矢場とんの社長就任のお話をいただいたのです。正直なところ、引き受けるべきかどうかは大いに悩みましたが、背中を押してくれたのは大学院の指導教官でした。これまでの経営者としてのキャリアに学問的な背景を重ね、他の会社にも生かすべきだ――。その言葉をきっかけに迷いは消え、次第に矢場とんの役に立ちたいという思いが強くなっていったのです。」
社長就任後、奥村社長が力を注いでいるのは、創業から受け継がれてきた味と想いを守りながら、より多くの人に矢場とんの魅力を届けることだ。そして、社員一人ひとりが安心して働き続けられる環境をつくること。その両立を目指し、新たな挑戦に取り組んでいる。
名古屋めしを代表する企業として、これからも持続的に成長していくために。奥村社長の描く未来への歩みは、これからも続いていく。
伝統を守ることと、変わり続けること。矢場とんの魅力を広めるための取り組み

創業以来、矢場とんが変わらずに大切にしてきたのは、おいしいみそかつを提供し続けることだ。その根底には、自分たちの商品が持つ可能性を信じ、その価値をとことん突き詰めていくという姿勢がある。
そうして長年向き合ってきた味を、より多くの人に届けるため、提供の方法については時代に合わせて柔軟に変えてきた。現在では冷凍食品や通販事業にも力を入れ、店に直接足を運ぶことが難しい人の食卓へも、矢場とんのみそかつを届けている。
「伝統ある店を守り続けるためには、守るべきものと変えるべきものを見極める。その調和が欠かせません」
と奥村社長は語る。
通販商品の開発においても、素材の鮮度、とりわけ肉へのこだわりは徹底している。一貫して「冷凍肉を使わない」ことを貫いてきた。
「店舗数が増え、安定供給が難しくなるなかでも、その鮮度にどこまでこだわり続けられるか。それが今の私たちの大きな目標です」
肉と衣、揚げ油、そして仕上げのみそ。そのすべての相性を突き詰めなければ、矢場とんのみそかつは完成しない。弁当や通販商品などは、店での出来立てとは条件が異なる。だからこそ、冷めてもおいしく食べられるよう、素材や工程に細かな調整を重ね続けているのだ。
伝統を守ることと、変わり続けること。その両方に真摯に向き合う姿勢こそが、矢場とんの次の時代を形づくっている。
名古屋めしの魅力を次世代へ。「矢場とん」が描くこれから

名古屋めしの代表格として親しまれてきた「矢場とん」。地域に根ざした味を大切にしながら、その魅力をいかに全国へ広げていくか。その挑戦について、奥村社長はこう語る。
「名古屋めしという個性を、どう全国ブランドへ育てていくか。そこに難しさもあり、面白さもあると考えています」
みそかつは名古屋の文化そのものだ。その軸をぶらさずに東京や大阪へと展開していくことが、矢場とんの描くひとつの成長のかたちである。一方で、他地域の人々に「名古屋の名物だね」という感想だけで終わらせないためにはどうすべきか。名古屋の食文化を広めるリーダーとしての役割を担う矢場とんは、その使命と真っ直ぐに向き合い続けている。
「ありがたいことに、名古屋のみそかつといえば矢場とん、と言っていただけるほど名古屋めしとして定着しました。また、『ぶーちゃん』という親しみやすいキャラクターの存在は、矢場とんの魅力をさらに際立たせています。こうした独自の強みをいかし、さらなる挑戦を続けていきたいですね。」
そのためにまず取り組むのが、会社としての基盤をより強固にすること。そしてその先にある、矢場とんならではの社会貢献を追求することだと、奥村社長は笑顔で語る。
社会貢献の原点と、社員への想い

近年、矢場とんは子ども食堂の開催や、カンボジアでの小学校建設など、社会貢献活動を継続して行っている。その原点にあるのは、女将の体験だ。
かつて現地を訪れた際、想像をしていた以上に厳しい環境にさらされている子どもたちの姿を目の当たりにし、「教育の場を作りたい」と願ったことが始まりだったという。
その想いは今、着実に社員たちへと受け継がれている。
「入社2〜3年目の若手社員を現地に連れて行き、ボランティア活動に参加してもらっています」
と奥村社長は言う。
実際に現場を肌で感じることで、仕事や社会との向き合い方が変わっていく。矢場とんにとって、社会貢献は特別な活動ではない。先代から受け継がれた想いを原点に、社員一人ひとりの視野を広げる大切な企業文化の一部なのだ。
誰もが思い浮かべる「名古屋の名所」を目指して

「矢場とんを、単なる飲食店という枠を超えて、『誰もが思い浮かべる名古屋の名所』にしたいですね」
そう語る奥村社長の視線は、常に未来を見据えている。伝統の味を守りながら、親しみやすい「ぶーちゃん」というキャラクターの力も借り、食を通して地域を豊かにしていく。
それが矢場とんの描く未来のデザインであり、名古屋の食文化を広めていくリーダーとしての大切な役割なのだ。


株式会社 矢場とん
代表取締役 奥村与幸
愛知県名古屋市出身。大手電力会社で取締役を務めたのち、関連会社の代表取締役を勤める。2023年より株式会社矢場とん代表取締役社長を歴任。「家業から企業へ」をモットーに、ファミリービジネスの良さを残しながら、ガバナンスやコンプライアンスを重視した経営を実践し、企業価値の向上に取り組んでいる。
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