創業170年の酒類卸売商社「秋田屋」が手がける、日本酒バー「十代目儀助」|名古屋・愛知で酒文化を広める想い

江戸、明治、大正、昭和、平成、そして令和──。六つの時代を越え、170年にわたり愛知県の酒文化を支え続けてきた、酒類卸売商社「秋田屋」。

経営理念に「お酒の美味しさ、楽しさ、素晴らしさを届ける伝道師」という言葉を掲げ、名古屋・愛知を中心に東海4県で酒類の卸売事業を展開。現在では、300を超える酒蔵との取引を持ち、お酒の「作り手」と「飲み手」をつなぎ続けてきた。

今回は、十一代目当主であり代表取締役社長を務める浅野弘義氏に、秋田屋の歩みと受け継がれてきた想い、そして酒文化の未来や秋田屋の展望について話を伺った。

目次

名古屋の地で170年の歴史が紡いだ、秋田屋の商いと志

秋田屋の歴史は、江戸の激動のさなかに始まった。

安政2年(1855年)、六代目・浅野儀助が名古屋市伊勢町の地で酒店を開業。これが、今日まで続く「秋田屋」の公式な創業とされている。

しかし、その起源はさらに古い時代にさかのぼる可能性がある。社内には安政2年よりも前の年号「文化3年」と記された木樽の注文記録が残されているからだ。

六代目からの記録しか残っていない理由は、安政元年(1854年)12月に発生した安政東海地震にある。東海地方を襲った大地震により、それ以前の家業の記録が失われたと考えられている。浅野社長はこう語る。

「初代から五代目がどのような商いを営んでいたのか、今では知るすべがありません。ルーツは1700年代の中盤にまでさかのぼる可能性がありますが、地震の翌年に六代目がリスタートさせた1855年を私たちは創業の年としています」

創業当初の秋田屋は、町の酒屋として地域の人々にお酒を届ける小売業だった。戦後、酒類の免許制度が整備される中で卸売業へと事業を拡大。さらには一時期、自社で酒蔵を営み「草薙」というブランドの酒を醸造していた歴史も持つ。

「熱田神宮の御神酒「草薙」は、戦前、秋田屋が造っていました。しかし、戦中に酒蔵が被災し、酒造りを断念。そこで、長年付き合いのあった広島の賀茂鶴酒造さまに「草薙」を作る権利をお譲りしました。今でも賀茂鶴酒造さまに造っていただいたものを、秋田屋が熱田神宮に奉納しています」

代々続く言葉「集・拂・分」とは

長い歴史の中で、秋田屋が大切にしてきた言葉がある。

「集・拂・分(しゅう・ふつ・ぶん)」

この言葉には、表と裏の意味があると、浅野社長は語る。

「表の意味は、しっかりと売掛金を回収し、仕入れ先にはきちんと支払い、利益をステークホルダーのみなさまに分ける。つまり商売の基本をちゃんとやっていこうという教えです。裏の意味は、情報を集め、集めた情報を人々に伝え、みんなで酒文化を盛り上げていこうという意味です」

商いの堅実さと、人と人とをつなぐ情報の力。その両面を大切にする姿勢は、170年の時を経た今も秋田屋の根幹を支えている。

浅野弘義氏が代表取締役社長に就任したのは、2020年9月。新型コロナウイルスの感染拡大が社会を揺るがしていた時期だ。

就任直後の状況はとても厳しかったと、浅野社長は語る。

「売上高は約235億円から約85億円にまで落ち込みました。飲食店向けの業務用市場が大きな打撃を受けたためです。社員を守り、経営を立て直す日々が続きましたが、年々少しずつ回復しています」

しかし、酒類市場には依然として逆風が吹いている。

飲酒運転の厳罰化、健康志向の高まり、ノンアルコール飲料の台頭、大規模な宴会文化の縮小。

「厳しい時代だからこそ、業界全体で酒文化を盛り上げていかなければならないと思っています。この業界にライバルはいません。酒を届けたいという想いは、どの会社も同じですから」

と語る浅野社長。170年の歴史を受け継ぐ者の、芯の強さを感じた。

醸造の県・愛知で、300の蔵元をつなぐ秋田屋

愛知県は、全国でも有数の日本酒生産量を誇る「醸造の県」だ。令和4年度酒造年度では、全国第6位の製造数量だった。愛知県の酒産業が盛んになったきっかけは、酒好きの尾張藩主二代目の徳川光友が、酒造りを奨励したからと言われている。

現在では、知多半島をはじめ、尾張地方にも数多くの醸造所が点在している。しかし、その実力は意外にも知られていないと浅野社長は語る。

「愛知県の日本酒の生産量は、実は全国でもトップ10に入るほど多いんです。もともと灘や伏見といった大手メーカーに向けて酒を造る『桶売り』の産地として発展した歴史があります」

「桶売り」とは、大手酒造メーカーの指定するレシピに基づいて酒を醸造し、大手のブランド名で流通させる仕組みのことだ。かつて日本酒の消費がピークにあった時代、大手酒造メーカーの自社醸造所だけでは生産が追いつかず、愛知の蔵元たちが造り手として大きな役割を果たしていた。

やがて日本酒全体の消費量が減少し、大手メーカーの需要も縮小していく中で、愛知の蔵元たちは自社ブランドの確立に力を入れ始めた。そこから、個性ある地酒が次々と生まれていった。

秋田屋が取引する酒蔵は、300社を超える。愛知県内はもちろん、北海道から沖縄まで全国に広がる。取り扱うのは日本酒だけではなく、ビール・ワイン・ウイスキー・焼酎などアルコールと名のつくものはすべて扱っている。

商品を届ける先も多岐にわたる。百貨店、スーパー、町の酒屋、飲食店、専門店。販売先ごとに求められる商品は異なり、蔵元の側にも「飲食店に置いてほしい」といった販売戦略がある。

販売店の特性、蔵元の想い、顧客のニーズ──この三者を見極め、最適な組み合わせを提案することが、秋田屋の腕の見せどころだ。

秋田屋は、老舗の蔵元との百年以上の付き合いを大切にしながら、代替わりした新しい蔵元や小さな蔵元との新たな取引も積極的に進めている。

「酒業界のマーケットはどんどん変わっていきます。もちろん蔵元さんの酒造りも進歩していく。時代に合わせた蔵元との出会いは、非常に大切にしています」

名古屋城下で出会う、地酒アンテナショップ『十代目儀助』

名古屋城正門前の「金シャチ横丁」に、秋田屋が運営する「十代目儀助」がある。

「十代目儀助」は、愛知県初となるお酒に特化したアンテナショップである。愛知県産の日本酒、梅酒、クラフトビール、ウイスキーなど、地元の酒を幅広く取り揃え、販売と有料試飲の両方を楽しめる。

「観光地に酒蔵が一社で直営店を出すケースはありますが、酒屋が複数の地元の酒だけを揃えて、バーと販売をやるスタイルは珍しいと思います」

と浅野社長は「十代目儀助」の特徴を語る。

まさに、地元の酒文化を支えてきた秋田屋にしかできないことだ。

「十代目儀助」で注目してほしい日本酒は、浅野社長が金虎酒造と共にこだわって作った「純米大吟醸 名古屋城」。そして、「十代目儀助」でしか飲めない、名古屋市内の3軒の酒蔵に依頼した「太鯱判(たいこばん)シリーズ」だ。

「純米大吟醸 名古屋城」は、秋田屋が商標を持ち、名古屋市内の金虎酒造に醸造を依頼しているプライベートブランドだ。

「観光地で買うお土産のお酒というと、ラベルだけが立派で、味は二の次というイメージがあるかもしれません。だからこそ、金虎酒造さんと一緒に『味に徹底的にこだわった酒にしよう』と作り込んだんです。結果として『ワイングラスでおいしい日本酒アワード2023』では、プレミアム純米部門で最高金賞を受賞しました」

こだわりが評価された様子を語る浅野社長は笑顔だ。

そして、「十代目儀助」を語るうえで欠かせないのが、限定オリジナル商品「太鯱判(たいこばん)シリーズ」だ。

醸造を手がけるのは、名古屋市内の3軒の酒蔵。同じ「名古屋の酒」でありながら、蔵ごとに味わいの個性は異なる。一口に「名古屋の地酒」といってもこれほど表情が違うのかと、その奥深さに気づかされる。

名古屋から世界へ。秋田屋が拓く、これからの道

秋田屋は今後、イベントを通じた酒文化の発信に力を入れる。

秋田屋がコロナ禍以前におこなっていた「日本のお酒を広める会」と題した大型の定期イベントを、7年ぶりとなる2026年10月に予定している。一般の方々がさまざまなお酒を味わうことができる場だ。

海外への展開も、秋田屋は継続的に取り組んでおり、日本酒の輸出事業は2016年ごろから本格化、引き合いは年々増加している。

「海外での和食ブームは、日本酒にとって大きな追い風です。和食とともに日本酒を知る人が増え、日本酒単体でも楽しまれるようになってきました。伸びしろのある市場だと思っています」

と浅野社長は熱く語る。

国内だけでなく海外の人々にも酒文化を広めるために、浅野社長は「酒蔵ツーリズム」の構想を温めている。蔵元の酒と料理のペアリングディナーを提供したり、一般の酒蔵見学ではできない内部まで見てもらいたいという。

全国に広がる蔵元とのネットワークを活かし、酒蔵の内情を知り尽くした秋田屋だからこそ提案できるツアー。完成した一杯を味わうだけでなく、どんな場所で、どのような想いで酒を造っているのかを知ってもらいたい。

困ったら秋田屋に聞け──名古屋の酒文化とともに、次の時代へ

「『酒のことで困ったら、秋田屋に聞けばなんとかしてくれる』と、みなさまから頼られ続ける会社でありたい」

そう語る浅野社長は、これからも酒文化を大切にしていきたいという想いがあふれていた。170年の歴史の中で培われた蔵元との信頼、お酒への深い愛情、お客様への感謝、そして「酒の伝道師」としての使命感。

秋田屋はこれからも、名古屋の地から日本の酒文化を世界へと届けていく。

株式会社 秋田屋
代表取締役社長 浅野弘義
安政2年(1855年)創業の老舗酒類食品卸売商社「秋田屋」の十一代目当主。2020年9月に代表取締役社長に就任。「集・拂・分」の精神を受け継ぎながら、酒類・食品の卸売事業を東海4県で展開する。名古屋城「金シャチ横丁」内の「十代目儀助」の運営、日本酒の海外輸出、酒を広めるイベントなど、酒文化の発信に幅広く取り組んでいる。

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