名古屋市内と東京で、海鮮居酒屋『ぴち天』、うなぎ・ひつまぶし・かしわ飯を提供する『登河』、金シャチ横丁の食事処『尾張蕎麦 天丼 徳川忠兵衛』など、和食を中心とした7ブランドを展開する株式会社まつりグループ。
代表取締役を務める飯田昌登氏は、地産地消を大切にしながら、名古屋ならではの食文化を広めるために、挑戦をし続ける。
今回は、これまでの歩みと、これから目指す「名古屋めし」について想いを伺った。
まつりグループ代表が歩んできた軌跡

一代で寿司や天ぷら、鰻と幅広い和食のジャンルで飲食店を開拓してきた飯田氏。その取捨選択の過程には両親の影響もあったそう。
「僕が生まれてからの25年間、両親はお寿司屋さんを営んでいました。サラリーマン家庭を知らずに育ったこともあり、僕も自分で店を持てたらいいなと思ったのかもしれません。飲食業を選んだのは、子供の頃から身近な存在であって、自分も料理が好きだったことが理由です。」
高校を卒業した後、料理の世界へ飛び込む。
「最初は日本料理店で板前をさせてもらいました。割烹料理屋でも腕を磨きましたが、お客様との会話が楽しくて、25歳を過ぎた頃には、独立を考え始めましたね。」
飯田氏が一店舗目となる居酒屋『まつり』を出店したのは、それから数年が経った29歳のことだ。
「日本料理の世界に入ってから、料理一筋だったこともあり、従業員を雇うことや、材料の仕入れ、お金を扱うことを何も知りませんでした。居酒屋でマネジメント業務を勉強させてもらい、20代のうちに独立の夢を叶えました。」
そこから、まつりグループは25年の道を歩み進める。ここまでの道のりは紆余曲折し、一筋縄ではなかった。
変わりながらー変えながらー
まつりグループ流の「名古屋めし」を発信していく。
挑戦しながら変わる、まつりグループの躍進

まつりグループの事業展開は、一代とは思えない程のスピード感がある。
念願の一店舗目を開いた2年後、居酒屋『まつり』2号店もオープンさせた。この2号店を機に、経営者と職人の一人二役から、代表として道を歩むことを決意する。
「職人として美味しいものを提供することと、経営者としてバランスを取っていく働き方は、二店舗目を出店した時に変えるしかありませんでした。当時は現場に思うように立てないことに葛藤した時期もありました。店頭に立つスタッフそれぞれが、大将の気持ちを持ってもらうことも大切ですね。」
『徳川忠兵衛』でも、職人に調理を一任する。
「厨房には二人の職人がいますが、使う食材には手間を惜しまないですね。天ぷらにする海老は、皮を剥く処理や背わたの処理も手作業で行っています。タレ作りも工場に委託する方法もありますが、自分たちでブレンドして作っていますね。」
職人の食へのこだわりには、自由な幅を持たせ、板前だった自分の姿を重ねながら見守っていた。
時には、スタッフや同業者からもらった食のヒントを柔軟に取り入れたことも、まつりグループの進展に必要な出来事だったと思う。
「『味噌天丼』はスタッフが考えたメニューです。新しい名古屋名物を作ろうと話していたときに、天丼に味噌ダレも美味しいだろうと提案してくれました。」
こうして、飯田氏も美味しいと唸る一品が誕生した。
「天むすも同業者の一言をヒントに『徳川忠兵衛』だけの天むすを生み出しました。ご飯に直接タレを染み込ませて、高菜を加えているのが特徴ですね。テイクアウトに向いた商品で、天むすも好評です。」
それだけではない。まつりグループの居酒屋で食べられる名古屋コーチンの『手羽先の唐揚げ』にも、博多で得たヒントを名古屋流に取り入れる。そこで味わえるのは、弾力のある名古屋コーチンではなく、ザクザクカリカリの名古屋コーチンだ。
「博多で食べた手羽先がザクザクで美味しかったので、僕の店でも真似できないかなと思ったんです。博多では手羽先を三日間天日干しにします。その方法を習って、表面を乾燥させてカリカリにする方法を編み出しました。揚げたら、ザクザク食感が際立ちますよ。甘辛いタレを絡めた名古屋の味で出しています。」
名古屋の味を守りながらも、美味しさを追求し、柔軟に変化することが、飯田氏のやり方だ。
「僕にしてみれば飲食を25年も続けてきました。ですが、他の老舗に比べたらまだ若いです。考えながら、変化しながら、扉を叩きながらチャレンジを繰り返しています。」
「名古屋めし」のスパイス、八丁味噌

名古屋の赤味噌のひとつでもある八丁味噌。原料には大豆と塩だけを使い、二年以上熟成して作られる豆味噌のことをいう。
「味噌はオープンした当初から、『まるや八丁味噌』と決めています。使う味噌にはこだわっていますが、味作りにはそれほどこだわりはないんです。名古屋の人が好きな甘辛い味を意識して、昔から食べ親しんだ味を作っています。」
名古屋らしさを意識した味と語るが、八丁味噌を使用した料理は、名古屋を離れても通用する。
「八丁味噌を使った赤だしに名古屋コーチンの生卵を落として、あおさを入れた『赤玉汁』は、まさに名古屋の食べ方です。東京の店舗でも、コースでなくても頼めるように、メニューに載せていますが、頼むお客様も多く人気があります。」
味噌を主役にした味噌汁はもちろん、味噌は調味料としても使われる。飯田氏にとっての八丁味噌は「名古屋のスパイス」だそう。
「名古屋の味は世界に通ずると思います。八丁味噌を加えると、深みとコクが出て、さらに美味しくなります。今では、和食だけじゃなくて、洋食、中華料理、韓国料理、ハワイのソースにも使われるんです。主役の味付けにも、脇役として味を整えるためにも使えますね。」
『徳川忠兵衛』で味噌を主役にしたメニューといえば、味噌天丼がある。この天丼には、温泉玉子が添えられて、濃厚な黄身と味噌のコクの相性を楽しむことができる。
地産地消で尾張を味わう

『徳川忠兵衛』の天丼には、海老が二尾、さらに穴子や鶏といった食べ応えのある天ぷらが盛られている。これらの食材ひとつひとつが、愛知県内を中心に集めた食材だ。
篠島(しのじま)や師崎(もろざき)で採れるサクラダイ、穴子、車エビといった海鮮、さらに鶏は奥三河どりを使用している。
天丼と一緒に食べてほしいという飯田氏の想いから、蕎麦もメニューに組み込んだ。こちらも地産地消にこだわる。新城(しんしろ)をはじめとする東海地方の蕎麦の実を使った尾張の蕎麦だ。
その土地の味と知れば、自ずと天丼も蕎麦もどちらも食べてみたくなる。一度に両方楽しめるように『金鯱セット』があるのは、はじめて訪れる観光客にも嬉しい。天丼にも、天丼(醤油タレ)と味噌天丼の2種類があるが、単品の味噌ダレをメニューに入れることで、二通りの天丼を試せる。お客様の目線に合わせたメニュー構成も、飯田氏は得意とする。
「僕がお店で食事をするときは毎回『金鯱セット』にします。味噌天丼と冷たいたぬきそばの組み合わせが一番好きです。」
時には一人の客として、好きな料理を楽しむ飯田氏。食べ物の話になると、それまで声色がワントーン明るくなった。
まつりグループ代表が抱く、名古屋の食文化とこれから

まつりグループの目指す先は「名古屋の文化を広めること」だと飯田氏は語った。
名古屋文化の甘辛い味付けを広めるだけでなく、県内で生産された食材を選ぶことには、「名古屋だけでなく愛知県の食を盛り上げたい」という想いもある。
新しい事業やメニューを考案するとき、常に「名古屋らしさ」は欠かさない。2026年2月にオープンしたばかりの鮨屋『二代目海老鮨』でも、愛知県で採れる食材を使うことはもちろん、食事の随所に「名古屋」を散りばめるよう飯田氏は仕掛ける。
海老は名古屋城の金の鯱(しゃちほこ)に見立て、尾を反り上げて提供するという。舌で味わうよりも先に「ここは名古屋だ」と感じることだろう。もちろん、食事の締めくくりには、赤だしの味噌汁を提供することも欠かさない。
「新しく名古屋の名物を生むことは難しいですが、50年後、100年後まで『名古屋めし』として長くお客様に親しまれる味をこれからも目指していきます。」
飯田氏が生みした、味噌天丼や高菜入りの天むす、ザクザクの名古屋流手羽先は、他の老舗店にはない新しい名古屋の味だ。まつりグループで生まれたメニューが「名古屋めし」の代名詞となって北から南まで日本を縦断する日まで、飯田氏の挑戦は続いていく。


株式会社 まつりグループ
代表取締役 飯田 昌登
2000年より居酒屋まつりをオープン。その後、寿司、天ぷら、うなぎと和食を中心に事業を拡大する。2026年2月時点で、7ブランドを展開する。
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