地下鉄鶴舞線「浄心駅」から徒歩1分。
東西に延びる大通りの両側に、どこか懐かしい風景が広がっています。ここは「弁天通商店街」。
弁天様をはじめとする七福神の石像が見守ることから、通称「七福神商店街」とも呼ばれ、地元の人々に愛され続けています。
大正時代からの歴史と、昭和レトロな空気感が色濃く残るこの場所。
かつては工場や市電で賑わったこの街が、どのように時代を歩んできたのか。
現在も50を超える店舗と、浄心寺や宗像神社などの寺社仏閣が並ぶ街の変遷と今も変わらぬ魅力を、弁天通商店街振興組合・沢井理事長へのインタビューを通して紐解きます。
大正から昭和、そして現在へ。市電が走った「交通の要衝」の記憶

「弁天通」という名前の由来をご存知でしょうか?
これは近隣にある「宗像(むなかた)神社」は、尾張藩初代徳川義直が名古屋城内に勧請した三社の一つで、かつては「御深井弁天(おふけべんてん)」と呼ばれていました。この通りは、そんな由緒ある弁天様への参道として発展した歴史を持っています。
時計の針を江戸時代まで戻すと、この地域は「美濃路」が近くを通り、名古屋城のお堀へ水を引く「御用水」も流れる交通の要所でした。多くの旅人や商人が行き交う宿場町・歓楽街として、古くから栄えていたのです。
街の景色が大きく変わったのは大正時代のこと。
大正4(1915)年に市電が延長され、浄心に車庫(現在の浄心ステーションビル)が誕生しました。これを機に、弁天通商店街は市電を利用する人々のハブ(乗り換え・物流拠点)として爆発的な賑わいを見せるようになります。
また、この地域は水質に恵まれていたことから、染色・製綿・織物などの工場が集積しました。「御幸毛織」の工場へと続く道路幅は25mにも及び、この広い道が現在の弁天通商店街の原型となっています。
当時はメリヤスの染工所が本当にたくさんあってね。工場で働いている工員さんや女工さんが、うちの店にもよく来てくれたもんです

そう語る沢井理事長の言葉からは、衣類や日用品を買い求める人々で溢れかえっていた、かつての活気が目に浮かぶようです。
危機からの脱却。「名古屋市活性化モデル地区」としての新たな挑戦

多くの人で賑わった弁天通商店街ですが、時代の波には逆らえませんでした。
昭和30年頃からの自動車の普及に伴う道路拡張(片側商店化)や、工場の郊外移転。さらには昭和35年の伊勢湾台風による甚大な被害——。
次第に街から人の波が引き、商店街はかつての賑わいを失いつつありました。
しかし、この街は終わりませんでした。
転機が訪れたのは平成5(1993)年。浄心地区が「名古屋市活性化モデル地区」に指定されたのです。これを契機に、商店街は再び立ち上がります。
先進事例として東京・世田谷の「千歳烏山(ちとせからすやま)」などをモデルに、商工連組織を強化。
1995年にはコミュニティイベント「いっぷく茶屋」を開始し、1997年には独自のスタンプラリー事業「いっぷくスタンプ」を生み出しました。
このスタンプは買い物に使えるだけでなく、地元の金融機関で預金もできるという、地域密着のわかりやすいシステムが採用されました。
昨年新しくスタンプカードを作る際、いっぷくスタンプに参加するのかしないのか、全部のお店を回って確認しました

と振り返る沢井理事長。
「昔のような賑わいを取り戻したい」——その熱い想いが、今も変わらず頑張る商店街の人々を繋いでいます。
レトロで新しい。博物館のような「街角資料館」と「いっぷく茶屋」

弁天通商店街には、この街ならではのユニークな仕掛けがあります。
その一つが、約20年前に始まった「いっぷく茶屋」※。観音様の月命日にあわせて毎月18日に開催され、近隣商店街と協力してお茶や刻印入りのお饅頭を振る舞いました。誰もが気軽に休める憩いの場として、昔話に花を咲かせるコミュニティスペースとしての役割を果たしてきたのです。
※いっぷく茶屋は現在行われておりません。


そしてもう一つ、見逃せないのが「街角資料館」です。
きっかけは「いっぷく茶屋」での雑談から生まれた、土屋印刷・土屋さんによる「古い写真の展示」の提案でした。
常時展示できる場所を探していた際、白羽の矢が立ったのが、当時は倉庫となっていた「学生服 暮らしの衣料 大沢屋」の2階です。
倉庫を片付け、古い写真を並べたその空間は、まさにタイムカプセル。
現在では見かけなくなったポスター、家具、生活用品……。昭和の時代に地元の人々が実際に使っていた雑貨が所狭しと並びます。デジタルに囲まれた現代の私たちにとって、その温かみのある空間は「エモい」魅力に溢れています。
現在、この資料館は完全予約制で公開されており、周辺の小中学校の校外学習としても利用されるなど、地域の歴史を学ぶ貴重な場所となっています。
毎月のお楽しみ。「弁天マルシェ」に見る商店街の日常

現在、弁天通商店街では、毎月3日と第3土曜日の朝10時から「弁天マルシェ」が開催されています。
これは「階段の上り下りが大変で、遠くへ買い物に行けない」という地域住民の声から生まれたもの。県内の有機野菜を中心に、安心・安全な食材や暮らしの品が並びます。
自転車や車に乗れない高齢の方にも優しいこのマルシェは、単なる買い物の場を超え、お店の人との会話を楽しむ交流の場として定着しています。
スタンプラリーには期限がないのが魅力。住民の方だけでなく、街の外から来た方にもぜひ使ってほしいですね

沢井理事長がそう語るように、この街の取り組みは観光客も温かく受け入れてくれます。
「人が魅力」の商店街。沢井理事長が描くこれからの弁天通

江戸からの歴史を受け継ぎ、昭和の活気を記憶し、平成の改革を経て、令和の今に至る弁天通商店街。
その最大の魅力は、レトロな建物や街並みだけではありません。そこに息づく「人(店主たち)」の熱い想いと、温かいふれあいにあります。
近隣にはIGアリーナ(愛知県新体育館)も開業を控え、商店街を盛り上げようと若い世代も前向きに取り組んでいるといいます。
歴史深い商店街と新しい文化がどう結びつき、どんな新しい景色を見せてくれるのか。
名古屋で一味違った観光を楽しみたい方は、ぜひ弁天通商店街へ。
名古屋の歴史と人情が交差するこの場所で、懐かしくも新しい発見をしてみませんか?
アクセス情報
弁天通商店街
- 場所: 地下鉄鶴舞線「浄心駅」徒歩1分(浄心交差点より東)
- 公式サイト: https://bentendouri.com/

